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昨夜、職場であった出来事を書こう。
俺の仕事は日が変わる頃から、翌日の朝8~9時までの肉体労働である。
肉体労働とはいえそんなにきつくはない、頑張れば家に帰ってから、ウエイトトレに行ける程度の労働である。


夜が明けはじめた頃、長い休憩を終え、後半の仕事に取り掛かろうとしたら、職場の構内の道路の真ん中に鳥が佇んでた
暗くてよく判らなかったが、いつもの鴨かと思い追い払おうとしたら、ジタバタと這いずっている
コレはなんぞ?と、後ろを歩いていた同僚に、見るように促す。
この同僚は60過ぎの鳥見が趣味の老人だ、ここではまんまトリ老人と命名しておく。
トリ老人「これはウミナギドリですよ」
ロコン「珍しいの?」
トリ老人「あんまり人の居る場所には来ないですねぇ、沿岸に浮かんでる鳥です。昨日の台風で飛ばされたんでしょう、骨が折れてるのかも。」
ロコン「こんな所に置いておいたら轢かれちゃうよな、ちょっと端に寄せておこう。」
こんな具合で、弱った鳥を保護したのであるが・・・・

そのあと、後半の仕事を2時間ばかしこなし、短い休憩に入った時には、なぜか、おかしな事態になっていた。
会社の上の方が、その鳥はどっかに捨ててこい、と指示したらしい。
と、いち早く休憩に入り本を読んでいた俺に、トリ老人が憤慨して話してきた。
俺はこの会社ならやりかねないと思い、それならば、部隊の内輪で処理してしまうんだろう、とも思ったんだ。
まともに考えれば、対応は下に一任なんだから、みんなで次善策でも話し合うだろうと。

群れるのが嫌いで、いつもMP3プレイヤーを大音量にし、一人で本を読んでいるんだが、その曲間に下卑た笑い声しか聞こえなかったのが、引っかかってはいたんだが・・・。


その休憩が終わった後に道具置き場で、一番若いK君が、
「トリ老人がヒートアップしちゃって大変でしたよ!」
と、あまりにも無垢で醜悪な笑顔を向けてきた。
「お前らがおかしいんだ、トリ老人が正しい。」
そう答えるだけの声すら、怒りでまともに出せてたかどうか。

その後の作業もトリ老人と一緒だったので、休憩中の事をイロイロ聞き出したんだが、3ヶ月ほど前に配属された隊長が、
「だって俺たちが殺すわけじゃないからさ、アハハハ!」
ってのたまったらしいからな、トリ老人が、
「そうじゃない、沿岸でイカとかを捕ってる鳥を、森に返しても死ぬだけだ。」
と反論しても全く取り合おうともしなかったらしい。
休憩中、他の数人の同僚は、皆一様に老人を笑いものにしていただけだから恐れ入る
その場に誰一人として、命の大切さを説く者が居なかった。


一羽のウミナギドリの生死という事実で、その場の数人の本質が照らし出されてしまった。
平凡な日常では、トリ老人は仕事の出来ないダメ労働者である。
しかし、彼は成すべき時にすべき事を知る、生きるに値する男だ
日々人並みに仕事をこなせる常識人達は、死を前にしてる弱い者を救う事を放棄し、鼻でせせら笑う本性を見せた。

俺は今月末で勤続6年になるんだが、長く居すぎて見失っていた事を思い出させてくれた。
二度とこの場所に戻りたくない、二度とこんな所にいる人達と会いたくない。
気づいてしまったから、早く日本一周に出る日がくればいいのに、辞める日まであと何日、としか思えない時間を過ごさなければいけない。
今日は、毎日通うこの小さな社会との間に、二度と塞がれない溝が出来た日かもしれない。


「最初に助けようとした時に噛まれたよな、痛くなかった?」
仕事をあがる頃、そう聞いた俺に。
「本気で噛んだわけじゃないですから、痛くないですよ。」
「そうなの?」
鳥もそれくらい判りますよ、危害加えられたわけじゃないのは。」
そう言い放ったトリ老人の横顔を、思わず年相応の敬意をもって見つめた、五月晴れの眩しい朝だった。

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